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編集部ブログ

『やがて本当の英雄譚』書籍化記念SS アミル編

神によって異世界に送り込まれた志藤 健、改めセイル。
右も左も分からないまま、とりあえず神に与えられた金属板の「10連初回無料!」という表示に従って操作しガチャを回す。
★1のクズ装備が並ぶ中、「王国剣兵【女】」という文字を見つけたセイルは、彼女を召喚することを選択した。
金属板から光が溢れる中、セイルの前に構築されたのは、一人の少女の姿だった……。



その驚きを、何と表現するべきか分かりません。
 気がついたら知らない場所で、目の前に尊敬すべき……雲の上のような人が居ました。
 一般兵の私にとっては、ほとんど話した記憶もないような……私達の守るべき王子、セイル王子。
 その本人が、私を見て笑顔を浮かべているのです。
 一体何故。何がどうなって、こんな状況になったのか。
 何もかもが分からなくて、それでも私はこの身体に染みついた動きを総動員して敬礼をしました。

「あ……っ。こ、これは王子! えっ、私ったら……も、申し訳ありません!」
「いや、構わないよ。それより、王子って呼び方はやめてほしいな。俺は……」

 俺は、なんだろうか。いや、それよりセイル王子はこんなにフランクな話し方をされる方だったのでしょうか?
 分からない。王国剣兵隊の一人でしかない私にとっては、セイル王子は遠くから眺めるだけの方で。だから直接言葉を賜った経験など、あるはずもないのです。
 ……でも、ひょっとすると元々こういう方だったのかもしれません。
 いや、そんな事を考えている場合ではありません。セイル王子は一体何を仰ろうとされているのか。その言葉を聞き逃すわけにはいくまいと姿勢を整えて。しかし、いつまでたっても次の言葉はありません。

「王子?」

 どうされたのだろう。そう心配になり声をかけると、セイル王子はハッとしたように私に視線を戻す。

「ああ、いや。俺は……堅苦しいのは好きじゃない」

 それを聞いて、私は思わず苦笑してしまう。
 嗚呼、嗚呼。なんて優しいお方なんだろう。まさか、私のような者の事を考えてくださっていたなんて!
 きっと、私の緊張をほぐそうとされているんだろう、と。私はすぐにそう気付く。
 けれど、その好意に甘えるわけにはいきません。

「そういうわけにはまいりません。王子は私達の希望です……王子ある限り、ガイアード王国も不滅です!」
「あ、ああ……」

 悲しませてしまっただろうか、セイル王子からの反応は芳しいものではありません。
 けれど、兵士に大事なのは規律です。そこが緩んでしまっては、きっと良い事にはならないでしょう。
 だから、これでいいはずなのですけれど……セイル王子の好意を無にしてしまったという罪悪感は、私をチクチクと苛んできます。
 本当にこれでいいのでしょうか。いや、いいはずです。これでいい。
 そんな事を考えていると、何か悩んでいた様子のセイル王子は、意を決したように口を開きます。

「とりあえず、聞いてほしい。今俺達が置かれている状況は非常に複雑なんだ」
「複雑、ですか?」
「ああ。まず此処は俺達の居たエシュアルク大陸じゃない……それどころか、全く違う世界のようだ」

 聞かされた言葉を、私の頭は処理しきれずに頭の中に留めてしまう。
 此処はエシュアルク大陸じゃない。そこまではいい。いや、よくはない。全くよくはないのですけれど「そんな事もあるかもしれない」とまずは考えることにします。
 全く違う世界。それってどういう意味でしょうか?
 そもそも世界って、2つも3つもあるものだったのでしょうか?

「どうやら、俺達の世界は消えてしまったらしい……神を名乗る少年に、俺はそう聞かされた」
「……は? お、王子。一体何を……?」

 一体セイル王子は何を仰っているのでしょう。
 私達の世界が、消えた?
 神を名乗る少年?
 冗談にしては、あまりにも笑えません。

「此処に来る直前、何をしていたか……正確に思い出せるか?」

 言われてみると、思い出せません。
 私が誰であるかは分かります。
 ガイアード王国剣兵隊、アミル。それが私の身分であり名前です。
 魔族の襲撃によって滅びた王国の復興を成す為、私はセイル王子と共に……。
 ……共に、何をしたのでしたっけ?

「あれ……? 言われてみれば……私は、何をしてたんでしたっけ……? あれ……?」


 それからセイル王子と話した事は、私にとって全て受け止めきれるかは怪しいものでした。
 けれど、記憶に穴があるのが私だけではない事。そして、この場でセイル王子をお守り出来るのが私だけであるという事実は、私を奮い立たせてくれました。
 この世界の事だとか、ガチャだとか。私如きには理解できない事だらけです。
 でも、それでも。セイル王子と……いや、セイル様と並んで戦える機会を得た事の、なんと幸せな事でしょうか。
 そして、何よりも。

「俺は君の事を何と呼べばいい?」

 そう聞いてくださって。私の名を……「アミル」という名前を呼んでくださっている。
 それは、分不相応に……けれど、泣きたくなるくらいに幸せな現実なのですから。


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まだの方はぜひチェックしてみてください!

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『やがて本当の英雄譚 ノーマルガチャしかないけど、それでも世界を救えますか?』
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著:天野ハザマ イラスト:えびら

転生し英雄になれ、なんて使命のわりに貰えたスキルは【ノーマルガチャ】!? 初期値は低いがクセの強い仲間を何とか育成し、セイルは活路を開いていく。そんな彼らの活躍は、国々も無視できないものとなり……?

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